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五十の同志 12

Author: Runa
last update Last Updated: 2025-12-02 13:52:36

 鏡を抜けた瞬間、空気が冷んやりと変わった。そこはさっきまでの明るい雰囲気とはまるで別世界で、夜を思わせる空間だった。だけど真っ暗ではなく、星や月のような和らかく光が廊下を照らし、壁付近には星型の魔械マギア灯が浮かんで私たちの足元を導いてくれる。

(わぁっ!)

 思わず息を呑んで天井を仰ぐ。高く広がる天井一面には春の星座が鮮やかに瞬いていた。まるで本物の夜空を切り取って持ってきたみたいで、今の時期の空と同じ景色が広がっているのだと分かる。

「ここは“時空観測棟じくうかんさつとう”。天体、気象、時空、未来予測、自然と時間の流れを読む力を磨く場所です。選択授業『藍』を選んだ場合は、ここで学ぶことになります」

 先生の声が静かに響く。

(ここが、藍の賢者の授業を受ける場所かぁ)

 京香副寮長が言っていた“天文時相学”が学べる場所。過去や未来を見つめ、時空を読み解く力。もしかしたら私は得意なのかもしれない。

 幻想的な光に包まれながら歩みを進めると、天体観測ドームや時の魔法の研究室が現れる。巨大な天球儀は静かに回転し、宙に浮かぶ天文鏡が視線を誘う。壁際にはそれぞれ違う時刻を刻む時計が並び、さらに進んだ先には揺らめく時空断層を観測するための部屋が広がっていた。

 心臓が僅かに速まる。胸の奥で密やかに鐘が鳴るような高鳴り。

 それと同時に、底の見えない闇を覗き込んでいるような怖さもあった。

 未来を覗くことは、まだ見ぬ自分に触れること。

 時を渡る観察は、失われるはずの瞬間を抱きしめること。

 どちらも抗い難いほどに魅力的で、そして取り返しがつかないような危うさを感じた。

 心は高揚しているのに、足元だけが不安に震えているような……そんな、名付け難い感覚。

 そんな取りとめのない思考に沈んでいるうちに、また巨大な鏡の前にやってきた。胸のざわめきを払拭するために、私は少し足早に鏡へ飛び込んだ。

 飛び込んだその先に広がっていたのは、息を呑むほど幻想的な光景だった。

 大きな紫水晶でできた柱は、淡く煌めく光を宿している。その間を縫うように木材で組まれた回廊が連なり、まるでもりと鉱石が調和して築き上げた神殿のようだった。柱に触れれば冷たく透き通る気配が返り、足下の板張りからは温もりが伝わる。

 頭上には高く組まれた梁が伸びて、黒光りする木目が静かに|縦横《じゅう
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